きたいひがんじまん

2017年。準々決勝でとんでもなく大ウケして、準決勝進出どころかハッキリと決勝に立つ姿を思い浮かべてルンルンで発表を待ったあの年。(もちろん推しに対してではなく)大会そのものに対して、あの日からどうにも期待できなくなっていた。大会に関する全てに対して、勝手に失望していた。


この2017年という年が極端にトラウマになっているので強調してしまうけど、もちろんその年以外の敗退に納得がいっているわけではないし、未だ飲み込めていない。なにが敗退だ。敗れているもんか。ただあの年に感じた、これでダメなら一体どうすればという絶望感を、どうにも拭える気がしなかった。

どの賞レースの予選を観るのも大好き。その年の一番面白いネタをぶつけてくれているだろうし、普段見れない人も見られてどんどん好きな人を増やせる場だから。でも結果発表はずっと嫌いだった。だ〜っいきらい。笑わせたくてお笑いやってる人と笑いたくてお笑い見てる人が一斉にドン底に落ち込んでいるから。何回やっても推しが最後まで残らない事実がとんでもなく辛くて、発表なんかしないで楽しいまま終わろうよって何回も考えていた。言うまでもなく、好きな人たちが勝ち上がって嬉しくて興奮することは多くあったし、大好きな決勝戦だってたくさんあるけれど。

不合格=面白くないってわけじゃないから落ち込まないで、と言って素直に飲み込んでもらえるほど小さい場じゃない。結果に納得いかないし誰より面白かったよ、と大勢の人が言ったからといって現実としての結果が覆るわけじゃない。あのドでかく煌びやかな大会の前で、ファンの必死の言葉はどうにも無力だ。何回もライブに通ってアンケートで褒めて出待ちで褒めてツイッターで褒めたところで、一個も伝わんないんですよ。(伝わんないんですよ〜っていう泣き言に、ちゃんと伝わってますよって返してくれるんですよね。やさしい人なので)

というか、伝わんないっていうか、伝えられないんですよ。なんで落ちるの?って聞かれても、私にはわかんないもん。面白くて好きなだけなので、なーんもわかんないんですよ、私。

なーんもわかんないままで、毎年毎年ただ応援していた。頑張りますって言うから頑張って欲しかったし、決勝にいきますって言うから決勝にいって欲しかった。それだけでした。大会に対して期待することをやめたって冒頭から偉そうに書いたけれど、私がお笑いファンとして生きている限り、期待を0になんか到底できないんですよね。好きな人が目指すステージを、現実のものにしたくてしょうがなかった。


難しいことはわかんないしお笑いには詳しくないし、賞レースの予選を見てもあーみんな面白いなーと思っているだけ。いつもそんな感じだから、予選の動画が上がりだした頃に「今年はあるぞ」という声がこれまでより極端に多いことに気がついて、そこでようやくあっ今年はなんか違うんだ……と思い始めた。

2年前に準決勝まで上がった時、「推しが決勝にいく可能性があるのヤバくてヤバい」と思っていたけど、今年はそのヤバさの質量が比べ物にならないくらいにデカすぎた。ダメだった時の辛さが増すだけだから期待するのやめようよって気持ちすら削がれて、何度も何度も何度も何度も名前を呼ばれる彼らの姿を夢想した。ガッツポーズするんだろうな。私は泣いちゃうんだろうな。浅い想像しか出来なかった。


準決勝ライビュのネタ終わり、結果発表まで少しの時間があった。頭ん中がごっちゃごちゃの助けてくれ〜〜って感じだったので、待つのが数十分なのがせめてもの救い。横の友人にモニャモニャと心の内を聴いてもらったり、勝手にやっている情報アカウントに載せる用のツイートの下書きを整えたり、カルピスとカフェオレ(どっちも推しの好物)で迷って買ったカルピスを飲んだりした。

毎年予選中にスマホのメモに事前に作っておいている、“勝ち上がりました次は何日です”の文章。敗者復活の時間もメモしていたけれど、一瞬考えてから削除して、受かった時にツイートするものだけを残した。そんなもんで結果が変わるわきゃないけど、あの瞬間に落ちる可能性を数ミリでも考えていたら絶対に駄目だと思った。ファンが信じなくなったら終わりだと思っていた。 


結果発表。記憶した4桁の数字を頭の中で何度も唱えた。エントリーナンバーの近い芸人が2組呼ばれ、全く生きた心地がしなかった。お願いしますお願いします私はこれからどんな苦痛も受けますからどうか今年は。3473、と並んだ時点で多分大声が出たと思うけど、あまり記憶はない。横の友人が私の方を向いているのがわかるけど画面から目を離すことができなかった。ハグもハイタッチもするわきゃない、いつも通りのふたりが大きな画面に映し出されていた。

今のところ人生で嬉しかった瞬間第一位に輝くあの日のことは、ずっと忘れないんだろうなと思う。まだツイートやテレビに不意に彼らの姿を見つけては現実だもんなと一呼吸おいて、決勝ステージを想像してはニヤニヤしたり奇声をあげたりしている。公式から与えられる画像やインタビューの数に、決勝と準決勝の差をまざまざと感じている。あとみんなが私に送ってくれたおめでとうを何度も読み返して、嬉しい気持ちになったりもしています。そんなこともないと思っていたんだけど、なんか多くの人が彼らから私のことを思い出してくれたみたいで、結構長いことファンやってたんだなと実感したりとか。別に私くらいのファン他にもいるんでしょうけど、私の声がデカいんでしょうね。



これからどうなるかわからないし、どうなったってあの人が心から満足することはないしこっちの応援がピタッと噛み合うこともないんでしょうけど、もうそれでいいんだろうなと思います。そういうもんなんでしょう。そういうもんだから私は何年も大好きなんでしょうね。ファンがいるよってことをたま〜〜〜〜に振り返ってくれれば、それ以外はもう喜び嬉しさ怒り悲しみ感情全部思うままに従って、生きたいように生きてほしい。なんとか振り落とされないようについていきたい。ついていきます。

いつだったか。ファンになったこと後悔させませんって言ってくれた。そんなもんしたことないし、これからもしないでしょうね。自慢させられるよう頑張りますって言ってくれた。有り難く自慢させてもらっているし、これからもっとそうするんだろうな。

ウエストランド面白いでしょ。私、ずーっと大好きなんです。これからもね。